閉鎖病棟へ入院[3]夫視点…パコの錯乱

7.閉鎖病棟へ入院

パコさんが退院した日の真夜中、大きな声で目が覚めた。

声は階下から聞こえてきていた。
「あーっ!ああああぁーっ!」と、叫ぶよう大きな声だ。

パコさんが、洗面所の床にうづくまり両手を床に打ち付けて
全身で泣いていた。
「あぁーっ!う、うっ、うっ。ああああーっ!ひどっ!うっうっ。
どうしてっ!あっ、あああああーっ!」
これ以上大きな声は出ないだろうという、大きな叫び声だった。
「うわぁーっ!ああああーっ!うっ、あっ、ああああああーっ!!」
家の外にまで聞こえているのは間違いなかった。

こんなパコさんは見たことがない。
今まで僕に対して、感情的になって大声を出すようなことも無かった。

「パコさん、どうした? 大丈夫?」と声を掛けると
こちらに気づいて、いくぶん顔を上げ
「うっ、うっ、うっ。ごめん・・・。もうちょっと・・・待ってて」
と言って、また泣き続けた。
僕はパコさんの様子に圧倒されながら、ただ立ち尽くした。

しばらく時間がたって、やっと泣き止むと
「・・・あのね、話したい事がある」とパコさんが言って、リビングで話をはじめた。
彼女の話は、延々と明け方まで続いた。

・・・パコさんの話した内容は、散漫であまりよく覚えていない。
世界がとても病んでいて、みんなが生きづらい。死んでしまう人もたくさんいる。
それは、こうしたらきっと良くなる。こうしたら変わると思うのに・・・とか
彼女は一人でずっとしゃべり続けた。

今日は会社を休むことにして、精神科の病院を探さなければ・・・
それと、その間はパコさんのお母さんに見ていてもらおう。

朝になって、いつものように朝食をとった後、パコさんは子供のシシコと遊んでいる。
「シシコの言う事を聞かないと」と言って、子供の後を付いて回っている。
・・・やはり、言動がおかしい。

ネットで近くて評判の良い精神科を探した。
どこも何週間も先まで予約でいっぱいで、病院を選ぶ余地はなく
20件以上問い合せして、やっと今日診てもらえる所を見つけた。
病院の予約時間が近づくにつれ
どんどん様子がおかしくなっていった。

動けないと言って階段の踊り場で
ずっとケタケタと全身で大笑いしている。
時々急に泣き始めたり、誰かと会話しているような独り言も繰り返している。
「あーっはっはっはっ(爆笑) ない、ない。やめてよー、もう!あっはっはっ(笑) 」
「うん、そう。そこ大事なんだって!(笑)ごめん、ごめん。
 だって、わかんなかったんだもん。うっ、うっ(泣)」
「お母さんが泣いてるーっ!もう止めたい・・・うん。わかった。大丈夫、そうする」
涙ぐむ義母を見て反応したり、こちらとの会話はある程度成立していたが
終始テンションの高さが目立って、情緒の不安定さが著しく・・・ひどい。

・・・そんな時、パコさんの携帯が鳴った。
登録の無い番号だったが出てみると
「・・・俺だけど」と男の声がした。
「どなたでしょうか?」と返すと、「あの、パコさんは?」と聞いてきた。
パコさんに親しい男性がいる話は、あまり聞いたことが無かった。
「妻は電話に出られる状態じゃありません!」と言って
そのまま電話を切った。

子供を精神科の病院へ連れて行きたくはなかったが
パコさんががどうしても一緒に行くと言い張って
シシコと義母と4人で行くことになった。
「絶対シシコと一緒に行く!だってシシコは生まれたばっかだもん!
おっぱい飲みたいって言ってるもん!ほらねっ」
・・・シシコはパコさんに抱っこされ、とうに離乳しているのに
なぜか服の上からおっぱいを飲むマネをしていた。

病院での状態もひどかった。
席を立ったパコさんが戻らないので様子を見に行くと
パコさんは、トイレの床に寝っ転がって笑っていた。
診察の間も、笑ったり泣いたりの繰り返しだった。

病院から戻って、シシコは入院中と同様に父母の所に預けた。
夕食後には、パコさんに薬を飲むように言ったが、かたくなに嫌がったので
義母と二人で無理やり飲ませた。
するとパコさんは、よほど体力を消耗していたのだろう。
電池が切れたように眠りについた。

夜は、義母に彼女の隣に寝てもらって、自分は別室で眠ることにした。

この状態では、パコさんを一人で居させるわけにはいかない。
入院が必要だ。
明日は、入院先をなんとかしなければ・・・。

・・・ パコさんは、いったいどうしたのだろう?
・・・ パコさんは、治るのだろうか?